輝きコンサートを終えて 〈第5話〉

  • 2011.09.05 Monday
  • 18:30
 

輝きコンサートを終えて  第5話


素敵な大地の話は、綾瀬から海老名へそして厚木へと続く。

私は少なくとも5つの川を越える。引地川、蓼川、比留川それから目久尻川、相模川。

海老名の平地は沢山の水路を通り抜ける。引地川(蓼川、比留川)は綾瀬、大和市に水源をもち、降

り注ぐ雨をひたすら南へと集め走り、江ノ島の脇まで流れる。ひとびとは江ノ島を目指して歩く。子供

の遠足のコースとなる。

残りの川はすべて相模川に向う。相模川は、あの有名な源頼朝の落馬した馬入川とも呼ばれ(関東

大震災で鎌倉時代の橋脚が隆起し発見されている)馬入橋を過ぎるころには波を打ち返しながら大

海へと流れ込む。相模川は日本一の富士山を北に回り西の富士川と四つに構えて東の相模川とな

る。


山梨の大地の雨も丹沢の峰の雨もただただ相模湾へと向かわせる。富士川が駿河湾へと雨を集め

送り込むように。太平洋で出合っても富士山を挟んで西と東の川のぶつかり合いがある。

「ひがーし、相模川」「にーしー、富士川」いつか相撲の模様をお伝えしたい。先日の何年ぶりかの両

横綱がぶつかった2008年1月場所の一番のように。



・・・つづく

輝きコンサートを終えて 〈第4話〉

  • 2011.09.05 Monday
  • 18:24
 

輝きコンサートを終えて  第4話



ありがとうの大地、空想をかりたてる道に戻ろう。

まっすぐに伸びた道の先には早川城山公園がある。正面には烏山が目に入ってくる。

両羽を広げ飛び立たんばかりだ。鳩でもなければ雀でもない、まさにお江戸の時代の烏で、道の行

き先が“烏森”と呼ばれ烏がいっぱいいたのだから、烏山でなくて何の鳥にしたものか。大山さんと富

士さんいつしか、烏さんにも声を掛けられた。烏さんのことは長い間気にも留めなっかた分、2008年

に入って大変気になってしょうがない。なんだって、富士さんや大山さんが声を掛けてくれなくても、

烏さんの鳴かない日はなっかたのに、気が付かないままここまで(定年を意識する年、この道を毎日

通う必要がない)来てしまった。



まっすぐな道もいつか、なにかにぶつかり方向を変えねばならない所が来る。

方向を変え、次の川を越える時は、ジェットコースターのように坂をくだり、坂を登らなければならな

い。正面に見事な富士さんが現れ、確実に富士山さんに近づいていると感じる快適さは坂道の速度

と重なる、目久尻川を渡りきっての交差点は、警察の派出所があり一度に現実に戻される。大山さん

の存在を考えずにしっかりと富士さんを満喫できるはずが、あっという間におわる。




つづく・・・

輝きコンサートを終えて (第3話〉

  • 2011.09.03 Saturday
  • 18:35
 

輝きコンサートを終えて 第3話


この台地のことをもう少し伝えよう。


一,「にんじん食べれば大山さんの蚊も見える」


と、にんじんをかじりながら大山をしっかりと見ること。調整区域で農家の人達が野菜などを作っている。


二,「豚がいたので 豚のキ残る」


豚について詳しい人がいる。

綾瀬市役所の近くには豚のキ(木)があるが決して食べてはいけない、豚そのもは美味い。


三,「烏山二つ、飛ばぬ鳴かぬは山だから」


綾瀬市役所に近い烏の森と言われた森は林となって今は一本の木が残る。大山、富士、だけではな

く烏山がみえる。お江戸の時代、烏山藩と言われた地域の山が烏のように見えその山が二つある。



もう一つ駅の話がある、綾瀬市には駅がない。電車の駅がない。ないところ、無から始まる創造や空

想、憧れや夢が広がるのは私一人だけではなさそうだ。ありがとうの大地を東西に走る中原街道には

「しゅっぱつ」と言う駅がある。次の駅はゆめ駅ときぼう駅となっていて、しあわせな駅だと思う。地図

にもない駅を下車して私の取り留めのない話がしゅっぱつしてしまったのは、ここからだった。

つづく

輝きコンサートを終えて 〈第2話〉

  • 2011.09.03 Saturday
  • 18:16
輝きコンサートを終えて 第2話

 

あの日以来、富士さんと大山さんと私の何気ない人間くさい会話が始まった。富士さんはたまにしか

会えないけど立ち止まって見とれたり写真を撮りたりする。きっとどこから見ても素敵な富士さんだろ

うが、日常の中で見慣れた姿は安心と驚きを同時に与えてくれる、そして、今日は出会えるだろうか、

との思いが坂を登りきり方向を変えるまでドキドキ感をもたらす。私は思う、(なんで厚木まで仕事に

行くのか)。そんな時、あの誇らしげな大山さんと話してみるか、富士さんにも会えるかも・・・と。

こうして私の日常は続き15年過ぎた。そんな、ある日のことだった。


おばあさん、はは、かあちゃん、ぬの、ぬのぬうはは、くれたぬのどうしよう、かあちゃんのどうちゅう

ぎ、きいろ、みどり、あお、むかしのきいろ、かあちゃんのせいしゅん、きいろの道中着、黄色、きいろ、
 
どんな、きいろ・・・・

目に入ってきたのは、月見草。

 月見草 「見て、みて、こんないろ」

 私「昨日咲いてたかい、去年も咲いてたかい」

 月見草「みてみてこんな黄色でしょう」

と、月見草が主張した。富士さんも大山さんも「責任とりません、私たちわかりません」と、やけにその

朝はそっけなかった。「おひさまが高く昇るまで迷わないで」月見草は道に広がりあふれ車中の匂い

までも月見草で一杯になった。私はそらを仰ぐ。「おてんとさん今どこ」空は太陽の輝きが増し白い月

が消えかけていた。なにも声がない。(すべての役目は終わったで、月や花といっしょに消えるでの

う、絹 月 花 迷う事無く好きにしやあええ)母の声が聞こえてきた。大山さんも富士さんもその時は

黙っていた、変わりゆくもの達を主人公にするようにと見守っていた。この朝、私は布とともにあった

母の事を残しておこうと、思った。



つづく

輝きコンサートを終えて 〈第1話〉

  • 2011.09.03 Saturday
  • 16:28
 


輝きコンサートを終えて 第1話


発見と不思議の旅が始まった。

多くの力が集まりやり終えたことの喜びとともに、何処から来る力なのか。

あのお話を思いついた場所に立ってみる。


そこは綾瀬市の役所に近い大地だ。

中原街道を、大和から寒川へと向かう道路は、大法寺を過ぎ、ゆるやかな坂道を登り切る

と広い道路にぶつかる。坂の下には比留川がある。川に沿って大きな道路があるのだから

川を越した道はみなこの市役所へと続く道にぶつかる。

中原街道をここから役所に向かうように方向を変える。それはどこにでもあるような道だ。

すぐ斜めに農道のような道へ再び方向を変える。と、そこは何もない。果てし無く私の空想を

かりたてる大地となる。

富士山が見える。大山が私から見て左手を伸ばして「見てください私の宝物を」と誇らしげに言う。「あ

なたの宝物なんて、いったい大山さんと富士さんとは、どんな関係ですか」と聞く。大山は声を少し落

として、ゆっくりと「富士は私の娘です」私の驚く顔をしっかりと見届けると、満面の笑みとともにもった

いぶった声で「きれいだからって、いつもいつも見せません。たまに見るからまた会いたくなるので

す。それからね、富士は決して何処へもいきませんから、会えない日々が続いても何も心配なさらな

いでください」私は今まで富士山が何処かへ行くなどと考えたこともない、と言い返したくもなったが、

「富士山いないな」などと間違った表現を聞かれたかもしれないと、丁重に「わかりました。お父様」

と、認めた認識もないままお父様とまで付け加えて返事をしてしまった。





つづく・・・